## カルテの保存期間 (2)
### 損害賠償請求と消滅時効
[[カルテの保存期間 (1)|前回]]は、診療録や看護記録について、複数の法令が保存や備置の義務を定めていることをお話ししました。今回は、損害賠償請求権の消滅時効と、記録の保存との関係を見ていきます。
### 消滅時効とは
消滅時効は、一定期間にわたって権利が行使されない場合に、その権利の消滅を認める制度です。ただし、年数が過ぎたことだけで、裁判所が当然に請求を退けるわけではありません。
[民法](https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089)145条は、当事者などが時効を「援用」しなければ、裁判所は時効によって裁判をすることができないと定めています。援用とは、時効による利益を受ける意思を示すことです。
また、訴訟提起などによって時効の完成が猶予されたり、権利の承認によって時効が更新されたりする場合もあります。まずは、こうした事情がない場合の基本的な期間を整理します。
### 不法行為と債務不履行 ─ 二つの請求構成
医療過誤の損害賠償請求では、大きく分けて二つの法律構成が問題となります。
一つは不法行為に基づく請求です。民法709条は、故意又は過失によって他人の権利や法律上保護される利益を侵害した場合の損害賠償責任を定めています。医療では、注意義務に反する行為によって損害が生じたかなどが問題となります。
もう一つは債務不履行に基づく請求です。民法415条に基づき、診療契約上の義務を果たさなかったことによる責任などが問われます。治療の結果が望ましくなかったというだけで、当然に義務違反となるわけではありません。
同じ診療について、両方の構成が検討されることがあります。時効の判断でも、一方の請求についてだけ期間を確認すれば足りるとは限りません。
### 主観的起算点と客観的起算点
2020年4月1日に施行された民法改正では、消滅時効の規定が見直されました。以下では、まず現行法の基本的な仕組みを説明します。
「主観的起算点」とは、権利を持つ側の認識を基準に期間を数え始める時点です。ただし、何を知った時かは、不法行為と債務不履行で条文の表現が異なります。
「客観的起算点」は、その認識とは別に、権利を行使できる時や不法行為の時などを基準とするものです。二つの期間は別々に計算し、完成猶予や更新などがなければ、いずれかが満了することで時効が完成します。
したがって、20年という期間があるからといって、常に20年間は時効が完成しないという意味ではありません。
### 生命・身体の侵害による請求の特則
不法行為について、民法724条は次のように定めています。
> 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
>
> 一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
>
> 二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。
生命又は身体を害する不法行為については、724条の2により、1号の「三年間」が「五年間」になります。つまり、損害と加害者を知った時から5年、不法行為の時から20年が基本です。
一方、債務不履行による請求では、民法166条1項が基本となります。
> 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
>
> 一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
>
> 二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。
生命又は身体の侵害による損害賠償請求権については、167条により、2号の「十年間」が「二十年間」になります。
| 請求の構成(生命・身体の侵害) | 主観的起算点からの期間 | 客観的起算点からの期間 |
| --- | --- | --- |
| 不法行為 | 被害者又は法定代理人が損害及び加害者を知った時から5年 | 不法行為の時から20年 |
| 債務不履行 | 権利を行使できることを知った時から5年 | 権利を行使できる時から20年 |
年数は同じでも、起算点まで同じとは限りません。また、医療に関する請求がすべて生命・身体の侵害に当たるわけでもありません。どの権利について、どの規定が適用されるかを確認する必要があります。
### 完成猶予と更新
時効には、単に年数を数えるだけでは判断できない仕組みがあります。
例えば、裁判上の請求があれば、民法147条により、手続が続いている間などは時効が完成しません。確定判決等によって権利が確定した場合には、同条に定める時点から時効が新たに進行します。
民法150条の「催告」があった場合には、その時から6か月を経過するまで時効の完成が猶予されます。ただし、催告を繰り返せば無期限に延ばせるわけではありません。また、権利の承認があれば、民法152条により、その時から時効が新たに進行します。
請求書面を受け取った経緯や、その後の応答も確認する必要があります。具体的な言動が催告や承認に当たるかは、内容に即して判断します。
### 改正前の事案と経過措置
古い診療については、現行法の期間をそのまま当てはめることはできません。[改正法(平成29年法律第44号)](https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/19320170602044.htm)の附則10条・35条などに、経過措置が置かれています。
附則10条4項は、施行日前に生じた債権の時効期間について、従前の例によるとしています。ここには、施行日以後に生じた債権でも、その原因となる法律行為が施行日前にされた場合が含まれます。診療日だけでなく、契約関係などの確認も必要です。
不法行為については附則35条の確認が必要です。例えば、生命・身体侵害の短期の時効を5年とする規定は、施行時に旧法の短期の時効が既に完成していた場合には適用されません。反対に、施行前の不法行為だから必ず旧法の3年のままともいえません。
このように、請求権が生じた時期、原因となる法律行為、施行時の期間経過などによって、適用関係が異なります。旧法が問題となる事案では、その解釈に関する裁判例も含め、個別に確認します。
### 保存期間との差を単純な引き算で考えない
診療録の5年間の保存義務を果たしたとしても、損害賠償請求権の時効が完成しているとは限りません。一方、保存期間と時効期間では起算点や適用条件が異なるため、20年から5年を引けば一律に15年の差があるともいえません。
カルテがない場合、診療の経過や判断の理由を確かめることが難しくなります。ただし、記録がないことだけで直ちに医療機関の責任が認められるわけではありません。
保存方針を考える際には、法定の義務に加え、継続診療や紛争への対応に必要な記録も検討します。時効や廃棄の可否は、個別の事情によって結論が異なります。
次回は、起算点の問題と、実際の保存方針を考える際の注意点を取り上げます。
#### カルテの保存期間 目次
- [[カルテの保存期間 はじめに|はじめに]]
- [[カルテの保存期間 (1)|第1回:診療録・看護記録の法定保存期間]]
- 第3回:時効の起算点(公開予定)
(公開日:2026年11月4日 文責:弁護士鈴木沙良夢)