## カルテ開示請求対応ガイド 事例集(5) [[カルテ開示請求対応ガイド 事例集(4)|前回]]は、裁判所や公的機関、その他の第三者からの請求に関する事例を取り上げました。最終回となる今回は、特殊なケースと情報管理に関する事例を見ていきます。以下は、対応を考えるための架空の例です。 ###  大規模災害時の情報提供 大規模な地震が発生し、災害対策本部から「被災者の既往歴やアレルギー情報を提供してほしい」と要請があった場合です。 [個人情報保護法](https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057)27条1項2号は、生命・身体・財産を守るために必要で、本人の同意を得ることが困難な場合を定めています。この条件を満たせば、同意を得ずに個人データを第三者へ提供できます。ただし、災害が起きたというだけで、すべての提供が認められるわけではありません。 要請元と利用目的を確認し、提供する情報は救護等に必要な範囲に絞ります。既往歴、アレルギー情報、服薬状況なども、必要性を判断したうえで提供します。後から判断を説明できるよう、提供先・日時・内容と、同意を得ることが困難だった事情を記録しておくとよいでしょう。 ###  保存期間経過後のカルテへの請求 患者さんから、診療が終了してから10年たった診療記録の開示を求められたケースです。[医師法](https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000201)24条2項は、診療録を5年間保存する義務を定めています。 [[カルテ開示請求対応ガイド (6)|(6)]]でもお話ししたとおり、保存期間の経過と、保有している記録の開示は別の問題です。現に保有している記録については、原則として開示に応じます。保存期間が過ぎていることだけを理由に拒むことはできません。 廃棄済みと考えられる場合にも、保管庫や旧システムなどに記録が残っていないかを確認します。記録が存在しない場合には、個人情報保護法33条3項に従い、遅滞なくその旨を通知します。廃棄時期や経緯は、確認できた範囲で説明し、分からないことを推測で補わないようにします。 なお、5年が過ぎれば常に廃棄してよいという意味ではありません。他の保存義務や院内規程に加え、紛争に備えた記録保全の必要性なども検討します。 ###  職員の個人メモやSNSの開示要求 「医師や看護師が私について書いた個人的なメモやLINEでのやり取りも全て見せてほしい」と求められた場合です。 [[カルテ開示請求対応ガイド (1)|(1)]]で扱った診療記録に加え、個人情報保護法上の開示対象も検討する必要があります。同法33条の対象は、本人が識別される「保有個人データ」です。診療内容に直接関係しない情報でも、これに該当することがあります。 「個人メモ」「私的なSNS」という呼び名や、個人端末に保存されていることだけでは判断できません。業務での利用・管理の実態、検索できるように整理されているか、医療機関が開示や訂正等を行う権限を持つかなどを確認します。そのうえで、同法16条の定義や診療記録としての性質に照らして判断します。 職員の純粋に私的な情報まで、当然に医療機関の開示対象になるわけではありません。一方、業務で共有する記録を、個人メモという理由だけで対象から外すことも適切ではありません。第三者の情報が含まれる場合は、その権利利益への影響も個別に検討します。 院内では、診療上重要な情報を正式な診療記録に反映することが大切です。連絡手段や端末についても、安全管理のルールを定め、管理されていない私的なやり取りに患者情報が散在しないようにします。 ###  受診歴が確認できない方からの請求 「5年前にそちらで診察を受けたはずなので、カルテを見せてほしい」という請求がありましたが、受診歴が確認できないケースです。 まずは本人確認をしたうえで、氏名の表記違い、旧姓、生年月日の誤りなどを考慮して調査します。請求者の方が覚えている診療科や受診時期なども手がかりになります。必要に応じて、旧システムや紙の記録も確認します。 それでも記録が確認できない場合は、遅滞なくその旨をお伝えします。調査した範囲と結果を文書で説明するとよいでしょう。「受診していない」と断定せず、追加の手がかりがあれば再確認できることも案内します。 ###  転院先への情報提供 [[カルテ開示請求対応ガイド 事例集(1)|事例集(1)]]でもセカンドオピニオンのケースを取り上げました。ここでは、「これまでの診療記録をすべて持っていきたい」と求められた場合を補足します。 診療情報提供書(紹介状)の作成と、患者さん本人への記録の開示は、区別して対応します。患者さんがカルテの写しを希望しているのに、紹介状を作成しただけで開示請求への対応を終えないようにします。 個人情報保護法33条では、電磁的記録の提供など、本人が請求した方法による開示が原則です。その方法に多額の費用を要する場合など、開示が困難な場合には、書面の交付によることができます。その場合も、希望された方法での開示が困難である旨の通知が必要です。 画像データや検査結果についても、患者さんの希望を確認し、安全な提供方法を検討します。転院先へ直接送る場合には、本人の同意などの提供根拠と、送付先・提供範囲を確認します。 ###  院内での情報共有を制限したいという要望 「自分の病状は担当医だけに知られればいい。他のスタッフには見せないでほしい」と言われた場合です。 これはカルテ開示そのものの問題ではありませんが、開示請求をきっかけに相談されることがあります。まず、誰にどの情報を知られたくないのか、その理由も含めて伺います。 多職種で診療を行う場合には、必要な情報共有と、患者さんの希望との調整が必要です。共有する職種や情報、その必要性を具体的に説明し、制限できる範囲を検討します。診療の安全上、希望どおりには制限できない場合も、その理由を丁寧に伝えます。 [[カルテ開示請求対応ガイド (7)|(7)]]で述べた守秘義務の説明だけで終わらせず、アクセス権限の設定などにも取り組みます。院内であっても、診療や業務に関係のない職員が自由に閲覧できる状態は避ける必要があります。 ###  事例集のおわりに この事例集では、患者さん本人([[カルテ開示請求対応ガイド 事例集(1)|事例集(1)]])、家族・未成年者・遺族([[カルテ開示請求対応ガイド 事例集(2)|事例集(2)]])からの請求を取り上げました。さらに、代理人・弁護士・保険会社([[カルテ開示請求対応ガイド 事例集(3)|事例集(3)]])、裁判所・公的機関([[カルテ開示請求対応ガイド 事例集(4)|事例集(4)]])、今回の特殊なケースまで見てきました。 対応は、請求する方の立場や記録の内容など、個別の事情によって異なります。本人からの請求には原則として応じることを出発点に、例外に当たるかを具体的に検討します。判断に迷う場合には、理由を整理したうえで専門家に相談することも考えられます。 この事例集が、先生方の日々の実務のお役に立てれば幸いです。 ####  カルテ開示請求対応ガイド 事例集 目次 - [[カルテ開示請求対応ガイド はじめに|本編目次]] - [[カルテ開示請求対応ガイド 事例集(1)|事例集(1)患者本人からの請求]] - [[カルテ開示請求対応ガイド 事例集(2)|事例集(2)家族・未成年者・遺族の請求]] - [[カルテ開示請求対応ガイド 事例集(3)|事例集(3)代理人・弁護士・保険会社の請求]] - [[カルテ開示請求対応ガイド 事例集(4)|事例集(4)裁判所・第三者・公的機関の請求]] (公開日:2026年11月1日 文責:弁護士鈴木沙良夢)