## カルテ開示請求対応ガイド (8)
### カルテ開示と証拠保全
[[カルテ開示請求対応ガイド (7)|前回]]は、マスキングや守秘義務、録音・録画の扱いを取り上げました。
最終回は、カルテ開示とは別の手続きである証拠保全を説明し、シリーズを振り返ります。
[[カルテ開示請求対応ガイド (6)|(6)]]では、開示を渋ることがかえって訴訟リスクを高めることをお話ししました。ここでさらに知っておいていただきたいのが、証拠保全という手続きの存在です。
患者さんからの開示請求を正当な理由なく拒んだり、対応を引き延ばしたりした場合、患者さん側は「カルテが改ざん・隠滅されるのではないか」という懸念を抱くことがあります。その結果、弁護士を通じて裁判所に証拠保全を申し立てるという流れになることがあります。
証拠保全は、[民事訴訟法](https://laws.e-gov.go.jp/law/408AC0000000109)234条に基づき、あらかじめ証拠調べをする手続きです。
先に証拠調べをしなければ、その証拠を後で使うことが困難になる事情がある場合に認められます。
訴訟の前にも、訴訟が始まった後にも利用できます。
開示拒否への制裁や、医療機関の過失を認定する手続きではありません。
### 証拠保全の流れ
証拠保全は、一般に次のような流れで進みます。
訴えを起こす前であれば、原則として証拠の所在等を管轄する地方裁判所または簡易裁判所に申し立てます。
申立書では、証拠と証明したい事実を特定し、今のうちに証拠調べをする必要性を示します。
裁判所は、あらかじめ証拠調べをしなければ、後に証拠を使うことが困難になる事情があるかを判断します。
開示を拒んだ事実だけで、当然に証拠保全が認められるわけではありません。
裁判所が証拠保全を認めると、証拠調べの期日が定められます。
急速を要する場合は当事者の呼出しを要しないため、医療機関が直前に実施を知ることもあります。
診療記録の検証では、裁判官や書記官が来院し、対象の記録を確認・複写することがあります。
検証の結果は検証調書として記録され、カルテのコピーが証拠として保全されます。
### 証拠保全を受けた場合の対応
裁判所の職員が来院したときは、身分と決定の内容を確認し、院内の責任者や弁護士に連絡します。
対象資料や実施方法に疑問があれば、その場で裁判所に伝えます。
診療への影響や第三者の情報にも配慮し、具体的な進め方を確認してください。
カルテの中に他の患者さんの個人情報が含まれている場合には、[[カルテ開示請求対応ガイド (7)|(7)]]でお話ししたマスキングの必要性を裁判所に申し出ることは可能です。また、検証の対象となる記録の範囲について意見がある場合にも、裁判所に申し出る余地はあります。
### 開示対応の基本に立ち返る
日頃から適切に開示へ対応することは、患者さんとの情報共有に役立ちます。
ただし、開示後も記録の保全が必要と判断され、証拠保全が申し立てられる場合はあります。
[[カルテ開示請求対応ガイド (6)|(6)]]のとおり、紛争の見通しと開示の義務を分けて考えることが大切です。
### シリーズのおわりに
この連載では、カルテ開示請求の法的根拠([[カルテ開示請求対応ガイド (1)|(1)]])から、初動対応と請求者確認([[カルテ開示請求対応ガイド (2)|(2)]])、開示の可否と実施([[カルテ開示請求対応ガイド (3)|(3)]])、請求者別のポイント([[カルテ開示請求対応ガイド (4)|(4)]])、実務上の注意点([[カルテ開示請求対応ガイド (5)|(5)]])、トラブル予防([[カルテ開示請求対応ガイド (6)|(6)]])、開示対応の周辺テーマ([[カルテ開示請求対応ガイド (7)|(7)]])、そして証拠保全(今回)まで、カルテ開示請求への対応を一通りご紹介してきました。
本人からの開示請求には、原則として遅滞なく応じます。
開示によって本人・第三者の権利利益を害するおそれがあるなど、法定の不開示事由は個別に検討します。
「訴訟につながるかもしれない」という懸念だけで拒むことはできません。
カルテ開示請求への対応に迷われたときには、院内だけで抱え込まず、弁護士等の専門家の助言を得ることが重要です。
なお、本稿は執筆時点の法令・指針等に基づく一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案への対応については、具体的な事情を踏まえた専門家の判断が必要となる場合があります。また、法改正や新たな裁判例等により、本稿の内容が将来変更される可能性がある点にもご留意ください。
このガイドが、先生方の日々の実務の一助となれば幸いです。
#### カルテ開示請求対応ガイド 目次
- [[カルテ開示請求対応ガイド はじめに|はじめに]]
- [[カルテ開示請求対応ガイド (1)|(1)カルテ開示請求の基本]]
- [[カルテ開示請求対応ガイド (2)|(2)開示請求の初動と請求者確認]]
- [[カルテ開示請求対応ガイド (3)|(3)開示の可否と実施]]
- [[カルテ開示請求対応ガイド (4)|(4)請求者別の対応ポイント]]
- [[カルテ開示請求対応ガイド (5)|(5)開示にまつわる実務上の注意点]]
- [[カルテ開示請求対応ガイド (6)|(6)トラブルの予防]]
- [[カルテ開示請求対応ガイド (7)|(7)開示対応の周辺テーマ]]
(公開日:2026年10月27日 文責:弁護士鈴木沙良夢)