## 医療訴訟 ~その流れと裁判所の考え方~ ###  はじめに ─ 訴えられたらどうなるのか 「患者さんから訴えられるかもしれない」。そう考えたことのある先生は、どのくらいいらっしゃるでしょうか。 医療訴訟は、多くの医師にとって身近なものではありません。[最高裁判所の統計](https://www.courts.go.jp/saikosai/vc-files/saikosai/260527-iji-toukei.pdf)によると、令和7年の医事関係訴訟の新受件数は676件です(速報値。地方裁判所・簡易裁判所の事件を含み、保全事件を除きます)。ただし、事件数と医師数の単純な比較から、個々の医師が被告になる確率を判断することはできません。 「自分には関係ない」と言い切ることもできません。ある日突然、裁判所から訴状が届く。そのとき、先生方の多くは「これは何だ」「何をすればいいのか」「裁判所に行かなければならないのか」と不安を感じるはずです。 このシリーズは、そのような場面に備えるために書きました。 ###  このシリーズでお伝えしたいこと このシリーズでは、法律的な理屈よりも、手続きの流れに重点を置いてお話しします。 「訴えられたら、実際にどのような手順で進むのか」「自分は何をしなければならないのか」「裁判所に行く必要があるのは、いつなのか」「全体でどのくらいの期間がかかるのか」。こうした疑問に、できるだけ具体的にお答えしたいと思います。 法律論として重要な論点──たとえば過失(注意義務違反)の判断枠組みや因果関係の法理──については、手続きの流れの中で概要をご紹介するにとどめます。こうした法律的な部分は、実際に訴訟になった場合には代理人弁護士と一緒に検討していく事柄ですので、ここで詳しく解説する必要はないと考えています。 先生方に知っていただきたいのは、むしろ「全体像」です。全体の流れが見えていれば、万が一のときにも落ち着いて対処できますし、「いま何が起きているのか」を弁護士の説明から理解しやすくなります。 ###  院長・主治医が裁判所に行くのはいつか 代理人弁護士が付いている場合、院長や主治医が毎回の期日に出席するとは限りません。医師本人への尋問は、出席が必要となる代表的な場面です。医師自身が被告である場合などには当事者本人尋問となり、当事者でない担当医などは証人として尋問されます。法人の代表者についても、証人とは異なる扱いになる場合があります。 誰を尋問するかは、事件の内容を踏まえて裁判所が判断します。[大阪地方裁判所の説明](https://www.courts.go.jp/osaka/saiban/medical/02_03_syouko/index.html)でも、担当医や看護師、患者や家族などから、必要な人を選ぶとされています。和解協議や争点整理でも、説明のために医師の同席を求められる場合があります。具体的な出席の要否や方法は、代理人弁護士と確認します。 最高裁判所の前掲統計では、令和7年に終わった医事関係訴訟の平均審理期間は24.1か月でした(速報値)。これは平均であり、個々の事件が同じ期間で終わるという意味ではありません。 争点整理では、代理人弁護士が主張や証拠を提出し、期日で裁判所や相手方と争点を確認します。その準備には、先生方からの診療経過の説明、カルテや看護記録の確認、医学文献の検討などが必要になります。尋問への出席以外にも相応の時間を要することがあるため、診療との調整を含めて進め方を相談しておくことが大切です。 この点も含め、シリーズを通じて具体的にご説明していきます。 ###  医師賠償責任保険のご確認を 本題に入る前にひとつだけ申し添えます。先生方は、医師賠償責任保険に加入されていますでしょうか。勤務医の先生であれば勤務医向けの保険、開業医の先生であれば開設者向けの保険が、それぞれ提供されています。 訴訟になった場合、保険会社への連絡は最も優先すべき対応のひとつです。保険の内容によっては、弁護士費用や損害賠償金等が補償されます。対象となる事故、免責、費用負担や和解についての事前承認の要否は、契約内容と保険会社への確認が必要です。このシリーズをお読みいただく機会に、ご自身の加入状況を一度確認されることをお勧めします。 ###  シリーズの構成 このシリーズは全10回を予定しています。以下は今後の公開予定です。 第1回では、医療訴訟とはそもそも何なのか、どのくらいの件数があり、どのくらいの期間がかかるのか、概要をお伝えします。第2回では、訴訟以外の紛争解決手段──調停やADR──についてお話しします。第3回から第5回にかけて、訴状が届く前の段階、訴状の読み方、そして争点整理の進み方をご説明します。 第6回では裁判所がどのような資料を見て判断しているかについて、第7回では先生方が最も気になるであろう証人尋問について、具体的にお話しします。第8回で鑑定、第9回で和解と判決を取り上げ、最終回の第10回では、紛争を予防するために日常の診療で意識すべきことをまとめます。 法律の話が中心になりますが、難しい用語はできるだけ避けて、わかりやすくお伝えしたいと思います。院長先生をはじめ、勤務医の先生方、事務長や看護部門の管理者の方々にもお読みいただければ幸いです。 ####  医療訴訟 目次 1. 第1回:医療訴訟とは何か──その現状と全体像 2. 第2回:訴訟と調停・ADRの違い──紛争解決手段の全体像 3. 第3回:訴状が届く前に何が起きているか──証拠保全と患者側の動き 4. 第4回:訴状が届いたら──訴状の読み方と最初にすべきこと 5. 第5回:争点整理の進み方──書面のやりとりが中心 6. 第6回:医学的知見と専門家の関与──裁判所は何を見て判断するのか 7. 第7回:証人尋問──院長・主治医が裁判所に行くとき 8. 第8回:鑑定──医学的争点の決着 9. 第9回:和解と判決──どちらで終わることが多いか 10. 第10回:紛争を予防するために──日常の診療で意識すべきこと 手続の進み方や必要な対応は、個別の事情によって異なります。 (公開日:2026年11月7日 文責:弁護士鈴木沙良夢)