## 応招義務を読み解く ~診療の求めへの適切な対応~ ###  「応招義務」という言葉への漠然とした不安 診療時間の終了間際に、初診の患者さんが来院された。診療内容とは関係のない要求を繰り返す方から、また診察の予約が入った。以前の診療費が未払いのままの患者さんが、再び窓口にいらした――。 医療機関を経営し、あるいは現場で診療にあたる先生方であれば、このような場面で対応に迷われた経験が一度はあるのではないでしょうか。そして、そのようなとき、頭のどこかに浮かぶのが「応招義務」という言葉だと思います。 応招義務の根拠となるのは、医師法第19条第1項です。 ``` 医師法第19条第1項 診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、 正当な事由がなければ、これを拒んではならない。 ``` 昭和23年に定められた、わずか一文の規定です(歯科医師についても、歯科医師法第19条第1項に同じ趣旨の規定があります)。この一文が、70年以上にわたって医療現場の判断を支え、ときに先生方を悩ませてきました。「正当な事由」とは何なのか。条文を何度読んでも、答えは書かれていないからです。 ###  令和元年通知という「公式の整理」があります この問いを考えるうえで参考となるのが、厚生労働省の[令和元年12月25日付通知](https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000581246.pdf)です。 正式名称は「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(医政発1225第4号)といいます。 この通知は、厚生労働省の研究班による検討を踏まえて、応招義務の法的な性質を明確にしたうえで、「どのような場合に診療の求めに応じないことが正当化されるのか」という考え方を整理したものです。そして、過去に示されてきた行政解釈との関係についても、今後は基本的にこの通知が妥当する、と位置づけられています。つまり、応招義務について考えるときの現在の出発点となる文書です。 ![r1-notice-overview](../picture/r1-notice-overview.svg) ###  このシリーズの姿勢 最初に申し上げておきたいことがあります。このシリーズは、診療を「断るためのテクニック」をお伝えするものではありません。 通知を丁寧に読むと、診療の求めへの対応を考えるうえで、患者さんの緊急性が重視されていることが分かります。 診療時間内かどうか、医療機関の専門性や対応能力などによっても、求められる対応は異なります。 応招義務という制度の根っこには、患者さんの生命・健康を守るという趣旨があります。この制度の趣旨を踏まえたうえで、それでも判断に迷う場面――診療時間外の求め、信頼関係が損なわれてしまった場合、医療費の不払いが続く場合など――について、通知がどのような考え方を示しているのかを、一緒に読み解いていきたいと思います。 通知の整理を正しく理解しておくことは、いざというときに場当たり的な対応を避け、組織として落ち着いて判断するための土台になります。それは結果として、患者さんとの信頼関係を守ることにもつながるはずです。院長先生や事務長をはじめ、日々患者さんと向き合う先生方にお読みいただければ幸いです。 具体的な対応は、患者さんの状態や医療機関の体制など、個別の事情によって異なります。 ####  応招義務を読み解く 目次 以下の各回は、順次公開します。 1. [[応招義務を読み解く (1)|応招義務とは何か──医師法19条の基本]] 2. [[応招義務を読み解く (2)|令和元年通知の背景と全体像]] 3. [[応招義務を読み解く (3)|通知の基本的な考え方]] 4. [[応招義務を読み解く (4)|「診療しないことが正当化される場合」の整理]] 5. [[応招義務を読み解く (5)|個別事例を読む(前半)──迷惑行為・医療費不払い]] 6. [[応招義務を読み解く (6)|個別事例を読む(後半)──退院・転院、差別的取扱い、外国人患者]] (公開日:2026年9月13日 文責:弁護士鈴木沙良夢)