## 応招義務を読み解く (5) ###  個別事例を読む(前半)──迷惑行為・医療費不払い [[応招義務を読み解く (4)|前回]]は、緊急対応の要否と診療時間の内外による四つの場面の整理をお話ししました。今回からは、通知が取り上げる五つの個別事例を読んでいきます。 ###  個別事例を読む前に──大切な前提 [令和元年通知](https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000581246.pdf)は、個別事例の整理に入る前に、重要な前提を置いています。緊急対応が必要な場合は、前回見た通知2(1)①の整理による、ということです。ここには、診療時間内・勤務時間内と、診療時間外・勤務時間外の両方が含まれています。 時間内では、専門性・診察能力や設備状況、他の医療機関による対応の可能性などを総合的に考慮します。そのうえで、事実上診療が不可能といえる場合に限って、診療しないことが正当化されます。 時間外では、応急的に必要な処置をとることが望ましいとしつつ、原則として公法上・私法上の責任に問われないとされています。診療所等への直接の来院には、必要な処置を行い、救急対応のできる医療機関に依頼することが望ましいとも述べています。 緊急対応が不要で、診療時間外・勤務時間外の場合は、通知2(1)②イの整理によります。即座の対応は不要ですが、時間内の受診案内や他の医療機関の紹介等が望ましいとされています。 つまり、以下の個別事例は、主として「緊急対応は不要で、診療時間内・勤務時間内」という場面の各論です。患者さんの病状を確認し、まずどの場面に当たるのかを考えることが大切です。 ###  事例① 患者さんの迷惑行為 一つ目の事例は、診療の現場で最も判断に迷うことの多いテーマかもしれません。 ``` (令和元年通知 2(2)①より) 診療・療養等において生じた又は生じている迷惑行為の態様に照らし、 診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合(※)には、新たな診療を 行わないことが正当化される。 ※ 診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等。 ``` ここで注意したいのは、通知が「迷惑行為があれば直ちに診療しなくてよい」とは書いていないことです。正当化されるのは、迷惑行為の態様に照らして、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合です。例として挙げられているのも、「診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける」という行為です。ただし、これは例示であり、繰り返しがなければ該当しないという意味ではありません。 診療に関するご意見やご質問があることだけで、迷惑行為と扱うことはできません。他方で、問題となる行為を、診療内容と関係のない要求だけに限定することもできません。通知が判断の基準としているのは、行為の態様に照らし、診療の基礎となる信頼関係が喪失しているかどうかです。 また、「新たな診療を行わないことが正当化される」という表現にも意味があります。これは、これから先の診療についての話であって、過去にさかのぼって何かが正当化されるわけではありません。実務的には、どのような経過があったのかを記録に残し、組織として冷静に判断することが大切になります。具体的な対応や責任の判断は、患者さんの状態や行為の態様など、個別の事情によって異なります。 ###  事例② 医療費の不払い 二つ目は、医療費の不払いです。通知は、まず原則をはっきりさせています。 ``` (令和元年通知 2(2)②より抜粋) 以前に医療費の不払いがあったとしても、そのことのみをもって診療 しないことは正当化されない。しかし、支払能力があるにもかかわらず 悪意を持ってあえて支払わない場合等には、診療しないことが正当化 される。 ``` 過去に不払いがあった、というだけでは正当化されない。これが原則です。経済的な事情で支払いが難しい患者さんを医療から締め出すことにならないよう、慎重な整理がされています。 そのうえで、通知は具体的な線引きも示しています。保険に加入していない等、支払能力が不確定であることのみをもって診療しないことは正当化されません。一方で、医学的な治療を要さない自由診療において支払能力を有さない患者さんを診療しないことなどは正当化される、とされています。緊急性のない美容医療などを想定すると、この区別は感覚的にも納得しやすいのではないでしょうか。 さらに、特段の理由なく保険診療の自己負担分の未払いが重なっている場合には、「悪意のある未払いであることが推定される場合もある」とも述べられています。一度の未払いと、説明のつかない累積とでは、評価が変わり得るということです。 ここでも実務の基本は、未払いの経過と患者さんとのやりとりを記録として残しておくことだと思います。「悪意」の有無は、結局のところ客観的な経過から判断されるからです。 ###  次回は後半の三つの事例へ [[応招義務を読み解く (6)|次回]](公開予定)は最終回として、入院患者さんの退院・転院、差別的な取扱いの禁止、外国人患者さんへの対応という残る三つの事例を読み、シリーズ全体をまとめます。 (公開日:2026年9月18日 文責:弁護士鈴木沙良夢)