## 応招義務を読み解く (6) ###  個別事例を読む(後半)──退院・転院、差別的取扱い、外国人患者 [[応招義務を読み解く (5)|前回]]は、個別事例のうち患者さんの迷惑行為と医療費不払いについてお話ししました。最終回となる今回は、残る三つの事例を読んだうえで、シリーズ全体を振り返ります。 今回も、[令和元年通知](https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000581246.pdf)の整理に沿って見ていきます。個別事例であっても、緊急対応が必要な場合には、診療時間・勤務時間の内外を区別する通知2(1)①の整理が前提となります。 ###  事例③ 入院患者さんの退院、他の医療機関の紹介・転院 ``` (令和元年通知 2(2)③より抜粋) 医学的に入院の継続が必要ない場合には、通院治療等で対応すれば 足りるため、退院させることは正当化される。 ``` 入院の継続が医学的に必要ない場合には、退院していただき通院治療等に切り替えることは正当化される、という整理です。さらに通知は、医療機関相互の機能分化・連携を踏まえ、地域全体で患者さんごとに適正な医療を提供する観点から、病状に応じて大学病院等の高度な医療機関から地域の医療機関を紹介し、転院を依頼・実施することなども原則として正当化されるとしています。 通知がここで挙げているのは、入院継続の医学的必要性や、病状に応じた医療機関の機能分化・連携です。経営上の都合だけで退院や転院を正当化する説明ではありません。主治医の医学的判断と、その根拠の記録が土台になる場面だと思います。 ###  事例④ 差別的な取扱いの禁止 四つ目の事例は、これまでと向きが逆です。「診療しないことが正当化されない場合」を明確にする整理です。 ``` (令和元年通知 2(2)④より抜粋) 患者の年齢、性別、人種・国籍、宗教等のみを理由に診療しないことは 正当化されない。 ``` 年齢・性別・人種・国籍・宗教といった属性のみを理由とする診療拒否は、正当化されません。ただし、言語が通じない、宗教上の理由等により、結果として診療行為そのものが著しく困難であるといった事情が認められる場合にはこの限りではない、という限定的な留保が付されています。あくまで「診療が事実上成り立つかどうか」という実質的な観点であって、属性そのものを理由にしてよいという話ではない点に注意が必要です。 感染症についても同様で、特定の感染症にかかっていること等、合理性の認められない理由のみに基づき診療しないことは正当化されないとされています(なお、1類・2類感染症等、制度上特定の医療機関で対応すべきとされている感染症にかかっている患者さんやその疑いのある患者さんについては、この限りではないとされています。これは差別ではなく、医療提供体制上の役割分担の問題です)。 ###  事例⑤ 外国人患者さんへの対応 ``` (令和元年通知 2(2)⑤より抜粋) 外国人患者についても、診療しないことの正当化事由は、日本人患者の 場合と同様に判断するのが原則である。 ``` 訪日外国人観光客をはじめとする外国人の患者さんについても、判断の枠組みは日本人の患者さんと同様です。文化の違い、言語の違い、(観光客であれば)帰国すれば本国で医療を受けられること──こうした事情があるとしても、それのみをもって診療しないことは正当化されない、と通知は明確にしています。そのうえで、文化や言語の違い等により結果として診療行為そのものが著しく困難である場合の留保は、事例④と同じ形で置かれています。 ###  シリーズのまとめ──通知が示す「適切な対応」の核心 全6回にわたって、令和元年通知を読み解いてきました。最後に、通知の核心を三つに整理しておきたいと思います。 第一に、判断の最も重要な考慮要素は、患者さんに緊急対応が必要かどうか、すなわち病状の深刻度です。緊急の場合でも、診療時間内・勤務時間内と、時間外とでは通知の整理が異なります。 時間内では、専門性・診察能力、設備状況、他の医療機関による対応の可能性などを総合的に考慮します。そのうえで、事実上診療が不可能といえる場合に限って、診療しないことが正当化されます。時間外では、応急的に必要な処置をとることが望ましいとしつつ、原則として公法上・私法上の責任に問われないとしています。 第二に、緊急対応が不要な場面では、診療時間・勤務時間の内外に応じた合理的な対応が求められます。時間外であれば即座の対応は不要ですが、時間内の受診案内や他の医療機関の紹介という「つなぐ対応」が望ましいとされていました。 第三に、信頼関係の喪失や悪意のある不払いといった個別事情が考慮されるのは限定的な場面であり、その判断は客観的な経過に基づいて行う必要があります。だからこそ、日頃からの記録と、医師個人の判断に加え、医療機関として組織的に対応を検討することが大切になります。 応招義務は、ともすると「医師を縛る重い義務」というイメージで語られがちです。しかし、通知を丁寧に読むと、患者さんの保護という制度の趣旨を守りながら、医療現場が無限定の負担を負わないようにバランスを取った、実務的な整理であることが分かります。判断に迷う場面では、この通知の枠組みに立ち返ることが出発点になります。具体的な対応や責任の判断は、患者さんの状態や医療提供体制など、個別の事情によって異なります。 ####  応招義務を読み解く 目次 1. [[応招義務を読み解く (1)|応招義務とは何か──医師法19条の基本]] 2. [[応招義務を読み解く (2)|令和元年通知の背景と全体像]] 3. [[応招義務を読み解く (3)|通知の基本的な考え方]] 4. [[応招義務を読み解く (4)|「診療しないことが正当化される場合」の整理]] 5. [[応招義務を読み解く (5)|個別事例を読む(前半)──迷惑行為・医療費不払い]] 6. [[応招義務を読み解く (6)|個別事例を読む(後半)──退院・転院、差別的取扱い、外国人患者]] (公開日:2026年9月19日 文責:弁護士鈴木沙良夢)