## 医療機関のカスタマーハラスメント対応 ~苦情とハラスメントの線引き、そして2026年10月~
### 受付に響く怒号
受付での長時間の叱責、連日の電話、職員個人への攻撃などは、医療機関でも生じ得ます。ただし、診療内容への正当な苦情や説明の要請と、就業環境を害する言動は区別する必要があります。
最初に確認しておきたいのは、苦情とハラスメントは違うということです。診療や接遇への苦情の中には、医療機関にとって耳の痛い、しかし正当な指摘が含まれていることがあります。これを「ハラスメント」と一括りにしてしまうと、改善の機会を失いますし、患者さんとの信頼関係も損なわれます。他方で、要求の内容が正当かどうかと、要求の手段・態様が社会通念上相当かどうかは、別の問題です。仮に指摘の内容に理があったとしても、大声で職員を威圧し続ける、深夜まで電話を切らせない、土下座を要求するといった態様は、許容される範囲を超えていると言えます。

### 2026年10月から、対策が「義務」になります
この問題については、[厚生労働省の案内](https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662580.pdf)でも示されているとおり、大きな法改正がありました。労働施策総合推進法の改正により、2026年(令和8年)10月1日から、カスタマーハラスメント対策がすべての事業主の義務となります。もちろん、医療機関も事業主として対象に含まれます。規模の小さな診療所であっても例外ではありません。
ここでいうカスタマーハラスメントとは、おおまかに言えば、①顧客や施設の利用者などからの言動であって、②業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③働く人の就業環境が害されること、と整理されています。患者さんやそのご家族からの言動も、当然にここに含まれ得ます。
事業主に求められるのは、対策の方針を明確にして職員に周知すること、相談できる体制を整えること、実際に被害が生じた場合に適切に対応すること、といった雇用管理上の措置です。つまりこの義務は、患者さんを取り締まるためのものではなく、職員を守るための体制づくりを医療機関に求めるものです。職員個人の我慢に頼らず、組織として対応できる仕組みを整える必要があります。
[厚生労働省の指針](https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=75ac0814&dataType=0&pageNo=1)は、事実確認、被害を受けた職員への配慮、再発防止も求めています。相談者等のプライバシーを保護し、相談や事実確認への協力を理由に不利益な取扱いをしないことも、職員への周知が必要です。
なお、障害に伴う合理的配慮を求めること自体は、ハラスメントではありません。患者さんの権利や必要な配慮を踏まえ、言動の経緯や態様を具体的に確認することが大切です。
### 応招義務と職員保護をどう両立するか
医療機関に特有の悩みとして、「診療を拒めない以上、どんな患者さんにも耐えるしかないのではないか」というものがあります。しかし、[令和元年の厚生労働省通知](https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000581246.pdf)は、迷惑行為の態様に照らして診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないことが正当化され得ることを明らかにしています。迷惑行為と応招義務の関係については、[[応招義務を読み解く (5)|応招義務を読み解く(5)]]で詳しくお話ししていますので、あわせてご覧ください。
ただし、診療を継続するかどうかは、苦情への対応を区切る判断とは別に検討する必要があります。まず患者さんの緊急性を確認し、診療時間・勤務時間の内外や提供可能な医療などを踏まえて判断します。緊急性がないことだけで、診療しないことが正当化されるわけではありません。
職員の安全を確保しながら、担当者の交代や適切な医療機関への連携などを検討することになります。具体的な対応や責任の判断は、個別の事情によって異なります。
### 実務対応の基本は5つ
対応の基本は、次の五つに整理できます。
第一に、記録です。いつ、誰が、どこで、何を言い、どう対応したか。時系列の対応記録を、その日のうちに作ってください。後に警察や裁判所が関与する事態になったとき、この記録の有無が結論を左右することがあります。
第二に、複数名での対応です。職員一人に対応を任せない。必要に応じて録音し、記録に含まれる個人情報の閲覧範囲や保管方法にも配慮する。個室で長時間二人きり、という状況は避けてください。
第三に、時間と場所を区切ることです。必要な説明を行っても同じ要求が繰り返される場合などには、患者さんの状態や医療への影響を確認したうえで、対応方法を見直します。「本日はここまでとさせていただきます」「ご回答は後日書面でいたします」と、対応の終わりを医療機関の側から示すことは、失礼なことではありません。
第四に、組織として判断することです。続きの対応を窓口の職員に委ねず、院長・事務長が引き取る。「回答は責任者から」という体制にするだけで、職員の負担は大きく変わります。
第五に、外部への引き継ぎです。脅迫や暴力に及ぶ場合は警察に、金銭要求や法的措置の予告が出てくる場合は弁護士に、早めにつないでください。なお、金銭請求や法的措置の予告があるだけで、ハラスメントと判断することはできません。請求の内容と、言動の態様を分けて検討する必要があります。
### 匿名の投書やアンケートには
匿名のアンケートや投書では、相手方を特定できず、個別の返答ができないことがあります。ただし、記載内容に事実誤認がある場合は、実際の経緯を時系列で整理し、院内記録として保管します。後日の調査や請求では、作成時期の明確な記録が事実確認の資料となります。
### おわりに──職員を守ることは医療を守ること
カスタマーハラスメント対応の目的は、患者さんと争うことではありません。職員の就業環境を守りながら、正当な苦情には対応し、必要な医療へのアクセスを不当に妨げない手順が必要です。2026年10月1日の施行に合わせ、院内方針、相談窓口、記録様式、職員研修を整備します。
(公開日:2026年9月20日 文責:弁護士鈴木沙良夢)