宗教的輸血拒否と医療(1)
宗教的輸血拒否に関する事案が先般報道されました。この事案は、平成23年4月に青森市の病院において、宗教団体「エホバの証人」の女性信者(当時65歳)が、意識不明の状態(急性硬膜下血腫)で手術をしたが、女性の息子が輸血拒否を申し出たことから輸血ができず手術を中止し当日夜に女性は死亡した、というものです。
宗教的輸血拒否については、平成12年に最高裁判所で判決が出された「エホバの証人輸血拒否事件」が有名で、皆さんも一度は耳にしたことがあるかと思います。
この事件については、「手術が成功したにもかかわらず、輸血をしたことで医師が訴えられて最高裁判所で負けた」という認識だけが先行している面があるようですが、実際にはかなり特殊な事情のある事案でした。
平成12年最高裁の事案は、(1)患者は、悪性の肝臓血管腫と診断されたが、診断された病院では無輸血での手術はできないと言われたことから、無輸血で手術ができる病院を探し、無輸血の実績があるA医師の手術を受けることとしB病院に入院した、(2)患者本人が宗教上の信念からどのような場合にも輸血を拒否するとの固い意思を持っていた、(3)A医師らも(1)(2)の事情を知っていた、(4)入院から手術まで約一ヶ月の間があったが、その間にA医師らは「できる限り輸血をしないことにするが、輸血以外には救命手段がない事態に至ったときは、患者及びその家族の諾否にかかわらず輸血する」というB病院の方針を説明しなかった、というものでした。
このような事情がある中での最高裁の判決でした(なお、最高裁は、患者から輸血を伴う可能性のあった手術を受けるか否かについて意思決定をする権利を奪ったことを人格権の侵害と判断しているのであって、輸血が違法であったという判断をしたわけではありません。)。
この平成12年最高裁の判決から、「輸血を拒否する信仰をもつ宗教団体に属する患者に対しては一律に輸血をしてはならない」というような画一的な一般化を導き出すことはできないと思います。
今回の件を見てみますと、(1)患者本人の意思は不明(女性は輸血拒否の意思表示カードを作成していたようですが、入院時には持っていなかったようです)、(2)輸血拒否は患者本人ではなく息子が行っている、という点が平成12年最高裁の事案とは大きく異なるところとなります。
平成12年最高裁の判決の評釈でも「判断能力の欠けている患者の場合…についても、本判決は、直ちに適用され得るものではないというべきである。」とされています(最高裁判所判例解説民事篇平成12年(上)135頁)。
それでは、今回のようなケースではどうすればよいのでしょうか。平成20年2月には各関連医学会・団体で構成された宗教的輸血拒否に関する合同委員会が「宗教的輸血拒否に関するガイドライン」(宗教的輸血拒否に関する合同委員会報告)を策定しました。しかし、このガイドラインにおいては、解説部分において、「20歳以上の成人で、判断能力を欠く場合については、一般的な倫理的、医学的、法律的対応が確立していない現段階では法律や世論の動向を見据えて将来の課題とせざるを得ない」としています。
つまり、今回の件のように手術前に患者本人の意思が確認できない場合のガイドラインは未だに定められていないのです。そのため、医師・医療機関は事案に応じて判断をしなければならないという難しい立場に置かれていることになります。
次回は、今回のような宗教的輸血拒否のケースに対して実際に医師・医療機関としてどのような対応をすべきかについて書いていきます。
(平成25年4月18日 文責:弁護士鈴木沙良夢)
なお、本文の内容は作成された当時における法律や規則に基づいております。その後の法改正などにより現時点では的確ではない内容となっている場合があることをご了承ください。