医療と法

人工妊娠中絶と法1

多胎妊娠・出生前診断・人工妊娠中絶と法(後半)

前回に引き続き、多胎妊娠・出生前診断と人工妊娠中絶について、 法律の観点から述べて行きたいと思います。

どのような場合に、母体保護法による適法な人工妊娠中絶になるのか

母体保護法では、適法な人工妊娠中絶になるための要件としては(1)方法、(2)中絶の理由、(3)時期、(4)本人及び配偶者の同意、(5)医師会による指定医師による人工妊娠中絶であること、を挙げています
今回の話で特に問題となるのはこのうちの(1)と(2)です。

(1)方法、について
母体保護法は第2条2項で、人工妊娠中絶について「胎児が、母体外において、生命を保持することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出すること」としています。
この点、減胎手術については、薬物を注入するという方法が取られることがあり、この場合、胎児は自然に吸収消滅するとのことです(医療倫理Q&A刊行委員会「医療倫理Q&A」太陽出版、203頁)。また、吸収されなかった部位については出産の際に排出されるようですが、この場合であっても「人工的に母体外に排出させた」とは言い難いように思われます。
こうなると、母体保護法が定めている方法である「人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出すること」という要件に形式的には当てはまらなくなり、刑法の原則どおりにいくと違法、ということになりかねません。
なお、人工妊娠中絶が「人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出する」という母体保護法の定めに則っているのであればこの点については少なくとも法律上の問題になりません。

(2)中絶の理由、について
母体保護法は第14条1項で、適法な人工妊娠中絶として認められる条件として(1)妊娠の継続や分娩が身体的・経済的理由で母体の健康を著しく害する場合、(2)暴行・脅迫・抵抗拒絶できない間の行為で妊娠した場合、のいずれかの理由がある場合としています。
このように母体保護法は、今のところ「胎児の疾患や障害」を理由とする人工妊娠中絶を定めていません。
つまり、多胎妊娠により母体に悪影響がある場合や経済的困窮が見込まれる場合には(1)の要件を満たした適法な人工妊娠中絶ということになります。特に、三人以上の多胎妊娠・出産は母子ともにリスクが高く、このような場合には母体に悪影響がある場合として母体保護法の要件を満たすものといえると思われます。

しかしながら、出生前診断などで一部の胎児に遺伝性の疾患などが見つかった場合にそのことのみを理由として人工妊娠中絶を行ったり、胎児の性別を選択するためだけに人工妊娠中絶を行ったとすると、母体保護法の要件には当てはまらず、刑法上は違法ということになりかねません。
刑法上の堕胎罪に当たる行為であっても、「緊急避難」に当たる場合には適法となりますが、緊急避難に当たるためには母体の生命の危険を救うための行為でなくてはなりません。例えば出生前診断で先天性の疾患が判明した、ということだけでは緊急避難の要件には当たらないと思われます。

まとめ

昨今の医療の発展に伴い、出生前診断によって、胎児の段階での相当程度に信頼性の高い診断ができるようになりました。父母にとっては出産前に把握できたリスクについては避けたいという要望が生じ、医療の現場ではこのような要望を無視できない状態になってきています。
一方では、軽度の疾患・障害の疑いがあるという程度での人工妊娠中絶を認めてもよいのか、といった議論や、「人の手による胎児の選別にあたるのではないか」という倫理的な側面からの問題もあります。
現時点では、出生前診断で疾患・障害がわかった場合には、母体保護法第14条1項の「妊娠の継続や分娩が身体的・経済的理由で母体の健康を著しく害する場合」、という点を広く緩く解釈することによって、人工妊娠中絶が行われています。
しかし、前述してきたような昨今の問題に対して、このような拡大解釈だけでは、もはや対応できなくなってきていると思われます。
胎児の状態がどのような場合に人工妊娠中絶を行なってよいとするのか、「人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出する」という人工妊娠中絶の定義がこのままでよいのか、という点について検討が必要とされており、いずれは母体保護法等の改正が求められることになると考えます。また、関係各団体によるガイドライン作りも必須といえるでしょう
(平成25年8月8日 文責:弁護士鈴木沙良夢)

なお、本文の内容は作成された当時における法律や規則に基づいております。その後の法改正などにより現時点では的確ではない内容となっている場合があることをご了承ください。

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